在留資格「定住者」は、法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者に付与される在留資格です。「日系3世」「日本人配偶者等の実子」など一定の類型は告示(平成2年法務省告示第132号)で明示されていますが、日本人や永住者との離婚・死別後の在留継続や、日本人実子の監護・養育を理由とする定住者への変更は、告示に明記されていないいわゆる「告示外定住」と呼ばれます。
この告示外定住者の許可基準は入管法や省令に具体的な条文として存在せず(告示外なので当然ですが)、「在留を認めるに足りる相当の理由があるかどうか」という総合的裁量判断の枠組みの中で運用されています。そのため実務家や申請者にとって「何が評価され、何が不許可要因となるのか」が見えにくい領域といえました。
しかし、法務省入国管理局(当時)が公表した資料「『日本人の配偶者等』又は『永住者の配偶者等』から『定住者』への変更許可について」では許可事例・不許可事例が具体的に公表されており、ここに入管の評価軸が明確に表れています。
本記事ではこの法務省公表資料を詳細に分析し、離婚・死別定住と監護・養育定住における入管の具体的審査基準を読み解きます。
定住者の法的枠組み─基準はどこに存在するか
定住者告示の構造と告示外定住の位置づけ
在留資格「定住者」の基本的枠組みは、出入国管理及び難民認定法別表第二で「法務大臣が特別な理由を考慮し一定の在留期間を指定して居住を認める者」と定義されています。この「特別な理由」の一部は、法務省告示第132号(定住者告示)で類型化されています。
定住者告示で明示されている主な類型:
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日系2世・3世とその配偶者
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日本人・永住者等の扶養を受ける未成年で未婚の実子
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中国残留邦人等とその家族
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難民認定を受けた者の家族
しかし、日本人配偶者や永住者配偶者が離婚・死別した後の在留継続や、日本人実子の監護・養育を理由とする定住者への変更は、上記告示のいずれにも該当しません。これらは「告示外定住」として、法務大臣の裁量的判断により個別に許否が決定されます。
審査基準が「事例集」に表れる理由
法務省の公表資料は、まさにこの告示外定住の審査実務を可視化したものです。資料の冒頭には、在留を認める相当の理由について「活動状況、在留の状況及び在留の必要性等を総合的に考慮し、個別に判断する」と明記されています。
この「総合的に考慮」「個別に判断」という表現が、告示外定住の審査が裁量的・多角的評価であることを明示しているといえます。
離婚・死別定住の許可事例から読み取れる評価軸
法務省資料に掲載されている許可事例を分析すると、以下の要素が評価対象として明記されています。
許可事例1:日本人実子あり・親権者・監護養育実績・収入あり
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事例概要: 婚姻期間約6年、離婚理由:性格の不一致、親権者:申請人、就労収入あり。
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分析: 入管は実子との関係性・養育責任・自活能力を主要な評価要素としています。婚姻期間が長いことも、婚姻の実体性を示すプラス要素として機能しています。
許可事例2:DV被害・日本人実子・親権・就労収入
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事例概要: 婚姻期間約3年、離婚理由:配偶者からの暴力、親権者:申請人、就労収入あり。
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分析: 「配偶者からの暴力(DV)」が明示的に考慮されています。DV被害等のやむを得ない事情は、婚姻期間の短さを補う事情として評価されることもあることが読み取れます。
許可事例3:親権は前配偶者・養育費支払い継続
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事例概要: 婚姻期間約5年、親権者:前配偶者(日本人)、養育費支払い継続中。
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分析: 親権を持っていなくても、「養育費を毎月支払い継続」という事実が特記され、許可されている事例です。単なる親権の有無だけではなく、実質的な養育関与(経済的扶養)が日本在留の必要性を基礎づけると評価されていると思われます。
許可事例4:死別・日本人実子・親権・収入
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事例概要: 婚姻期間約7年、理由:配偶者死亡、親権者:申請人。
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分析: 死別の場合も、離婚と同様の評価軸(実子・監護実績・収入)が適用されます。7年という長い同居期間は、婚姻の実体性を強く補強する事実といえます。
不許可事例から読み取れる「評価されないケース」
許可事例と対照的に、不許可事例からは何が不許可要因となるかが明確に読み取れます。
不許可事例1:犯罪歴・有罪判決
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事例概要: 詐欺罪・傷害罪で有罪判決。
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分析: 「有罪判決」が決定的な不許可理由です。入管法第5条の上陸拒否事由(1年以上の懲役・禁錮等)に抵触するような素行不良は定住者への変更において致命的となりえる事情です。
不許可事例2:長期の本邦外滞在
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事例概要: 単身で約1年9か月(または1年6か月)海外滞在。
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分析: 「日本での生活実体の欠如」が不許可事由となります。在留期間の過半を海外で過ごしている場合、「日本に定住する意思」がないとみなされます。
不許可事例3:婚姻期間・同居期間が短い
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事例概要: 婚姻期間約3か月。
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分析: 婚姻実体への疑義が生じるほどの短期間での離婚は、定住者への変更が認められない可能性がかなり高くなるといえます。「日本人実子なし」の場合、婚姻期間(実体)の審査は極めて厳格になります。
不許可事例4:申告内容と実態の齟齬
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事例概要: 申請書類上の主張と実際の稼働実態が不一致。
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分析: 「申請の信用性欠如」です。源泉徴収票や住民票などの客観資料と申請人の説明に矛盾がある場合、虚偽申請の疑いありとして不許可になる場合があります。
監護・養育定住の評価構造
離婚・死別定住の中でも、特に日本人実子の監護・養育を理由とする定住者への変更は、最も許可可能性が高い類型です。
監護・養育定住の核となる要素
法務省の許可事例で共通して明記されている要素は以下の通りです。
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日本人実子の存在
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親権者が申請人である(または養育に関与している)
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監護・養育の実績がある
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就労により一定の収入がある
これらが揃っている事例は、婚姻期間の長短やDVの有無による影響を受けにくく、原則として許可される傾向が読み取れます。
実務的チェックリスト─証拠設計の観点
申請準備において確認すべき項目です。
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実子との関係性: 出生証明書、親権を示す戸籍謄本、養育実績(写真、連絡帳、受診記録)、養育費振込記録。
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生計維持能力: 在職証明書、課税証明書・納税証明書、直近の源泉徴収票・給与明細、預金通帳写し。
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生活実体: パスポート(出入国記録)、賃貸借契約書、住民票。
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素行: 納税証明書(未納がないこと)、年金定期便などの納付記録。
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身元保証人: 原則必要。日本に居住する親族、知人、勤務先の上司などが適任ですが、いない場合は理由書で説明し、自身の経済力を強固に立証する必要があります(かなり例外的であることは注意)。
よくある質問(Q&A)
Q1:親権が日本人側にありますが、定住者ビザに変更できますか?
A:特に「婚姻期間が短く、通常の離婚定住が難しい方」にとって重要なルートです。
通常、離婚定住には「婚姻期間3年以上」が求められますが、日本人実子を養育している事実があれば、婚姻期間が短くても「監護養育定住」として許可される可能性があります。
たとえ親権がなくても、「定期的な面会交流(月1回以上等)」と「養育費の継続的な支払い」を行っていれば、実質的な監護養育者として認められる余地があります。面会記録(写真、LINE等)と養育費の振込記録は、あなたの在留資格を守る命綱になりますので、必ず保管してください。
Q2:離婚してからどのくらい以内に申請すべきですか?
A:離婚後14日以内に届出、6ヶ月以内に変更申請が原則です。
入管法上配偶者ビザで滞在する外国人が正当な理由なく配偶者としての活動を6ヶ月以上行わない場合、在留資格取消しの対象となります。離婚後速やかに行動すべきですが、資料準備に時間がかかる場合でも、6ヶ月を超えないように申請受理を目指してください。
Q3:現在無職(求職中)ですが、許可されますか?
A:非常に厳しいです。
「経済的自立」は定住者の重要要件です。現在無職の場合、十分な預貯金があるか、または確実な就職内定先があることを示さない限り、不許可になるリスクが高いです。生活保護受給中の変更は原則認められないと考えた方が良いでしょう。
参考資料リンク集
より詳細な情報や、実際の事例資料は以下の法務省公式リンクから確認できます。
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法務省公表事例(許可・不許可事例の詳細)
「日本人の配偶者等」又は「永住者の配偶者等」から「定住者」への在留資格変更許可が認められた事例及び認められなかった事例について(PDF)
(本記事で分析した具体的な事例が掲載されています) -
定住者告示(法的な定義)
在留資格「定住者」 | 出入国在留管理庁
(定住者告示の条文や、告示定住の類型が確認できます) -
離婚後の届出義務について
配偶者に関する届出 | 出入国在留管理庁
(離婚後14日以内に行う届出の様式等がダウンロードできます)
まとめ─告示外定住者の「見えにくい基準」を可視化する
在留資格「定住者」への変更、特に告示外定住(離婚・死別・監護養育)は、法令そのものに基準がないため難易度が高い申請といえます。しかし、法務省の公開事例を分析すれば、入管の審査ロジックはある程度明確となります。
許可の核心要素:
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監護養育定住については日本人実子との実質的な関係性(親権・監護養育・養育費)
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婚姻の実体性(3年以上の婚姻・同居、やむを得ない離婚理由)
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経済的自立(就労による安定収入)
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日本での生活実体(長期出国なし、住居の安定)
これらの要素を客観的証拠で積み上げ、「日本に定住する人道上の理由」を論理的に主張することが、許可への道筋となります。


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