コンビニや飲食店でテキパキと働く外国人スタッフ。彼らの姿を見て、人手不足に悩む経営者や人事担当者の中には、こう考える方がいらっしゃるかもしれません。
「うちでも、あの真面目な留学生を卒業後に正社員として雇えないだろうか?」
「すでに就労ビザを持っている優秀な外国人がいる。転職なら手続きも簡単だろう」
しかし、その考えは実は大きな落とし穴です。アルバイトとして働くための「許可」と、正社員として働くための専門的な「就労ビザ」は、運転免許で言えば原付免許と大型免許ほども違う、全くの別物なのです。
この違いを理解しないまま採用を進めると、「ビザが下りずに採用計画が白紙になった」という事態に留まらず、最悪の場合、意図せず法律違反を犯し「不法就労助長罪」という重い罰則に問われる可能性すらあります。
この記事では外国人雇用の現場でよくある誤解を解き、就労ビザ取得の厳しい現実と、転職者を雇用する際の注意点について、専門家の視点から分かりやすく解説します。
全くの別物!「資格外活動許可」と「就労ビザ」の決定的違い
まず、最も根本的な誤解を解くことから始めます。留学生などがアルバイトをする際に持っているのは「資格外活動許可」です。これは、あくまで「留学」という本来の在留資格に付帯するオプションのようなもの。「学業に支障のない範囲で、週28時間までなら別の活動(アルバイト)をしてもいいですよ」という、いわば「おまけの許可」に過ぎません。
一方、正社員として働くための「就労ビザ」(代表例:技術・人文知識・国際業務)は、日本で専門的な仕事に就くこと自体を目的とする独立した在留資格です。審査の基準も、求められる専門性も、資格外活動許可とは比べ物にならないほど厳格です。
比較項目 | 資格外活動許可(アルバイト) | 就労ビザ(正社員など) |
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位置づけ | 本来の資格に付随する「許可」 | 日本で働くための独立した「在留資格」 |
活動内容 | 職種の制限は比較的緩やか | 専門性のある特定の業務に限定 |
審査の厳格さ | 比較的緩やか | 非常に厳格(学歴・職歴と業務内容の一致など) |
「アルバイトで真面目に働いてくれたから」という理由だけでは、就労ビザの壁を越えることはできないのです。
就労ビザ取得の厳しい現実―立ちはだかる「3つの壁」
では具体的に就労ビザの取得は何がそんなに厳しいのでしょうか。ここでは代表的な就労ビザ「技術・人文知識・国際業務」を例に、多くの申請者が直面する「3つの壁」を見ていきましょう。
壁①:学歴・職歴と「仕事内容」の関連性
これが最大の関門です。申請者が大学で学んだ専門分野(あるいは10年以上の実務経験等)と、採用後に任せる仕事内容が、客観的に見て密接に関連している必要があります。
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OK例: 大学で情報工学を専攻した人を、ITエンジニアとして採用する。
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NG例: 大学で文学を専攻した人を、専門知識が必要なシステム開発担当として採用する。
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注意点: 日本の専門学校を卒業した人の場合、学んだ内容と職務内容の関連性が大学卒業者以上に厳しく審査される傾向があります。
「人柄が良いから」「日本語が上手だから」といった主観的な理由では、この壁を越えることはできません。
壁②:「単純労働」は原則認められないという原則
「技術・人文知識・国際業務」ビザは、あくまで専門職のためのビザです。そのため、以下のような「単純労働」が仕事のメインとなる場合は、ビザは許可されません。
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飲食店のホール・キッチン業務
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工場のライン作業
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店舗でのレジ打ちや品出し業務
【例外】日本の大学卒業者等限定の特別ルート「特定活動46号」
しかし、この「単純労働NG」の原則には、近年注目すべき例外が登場しました。それが「特定活動46号」という在留資格です。
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対象者: 日本の大学・大学院を卒業し、高い日本語能力(日本語能力試験N1など)を持つ外国人。
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活動内容: 店舗管理、企画、通訳といった専門業務を主としながら、それに付随する形で、現場での接客や作業にも従事できるのが大きな特徴です。
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具体例: コンビニの店長候補として、売上管理やスタッフ教育(専門業務)を行いながら、繁忙時間には自らもレジに立つ(付随的な現場作業)。
この制度により、これまで外国人正社員の採用が難しかった小売業や飲食サービス業などでも、優秀な人材を確保できる道が拓かれました。ただし、あくまで専門業務が主であることが大前提であり、単純労働「だけ」をさせることはできません。
壁③:会社側の「安定性」と「雇用する必要性」
審査の目は外国人本人だけでなく、雇用する会社側にも向けられます。
「この会社は、外国人に安定した給与を払い続けられるのか?」(事業の安定性・継続性)
「なぜ日本人ではなく、この外国人を採用する必要があるのか?」(雇用の必要性)
これらを、決算書や採用理由書といった客観的な書類で説得力をもって示す必要があるのです。
「ビザ持ち」だから安心、は危険!転職者(中途採用)の落とし穴
「すでに就労ビザを持っている人を採用するなら、上記のような心配は無用だろう」——そう考えるのは、非常に危険です。
ビザは「人」ではなく「仕事内容」に与えられる
就労ビザは、その人に与えられた「万能な労働許可証」ではありません。「前の会社で、その仕事をするならOK」という条件付きの許可です。
会社が変わり、仕事内容が変われば、許可の前提も変わります。そのため、転職後の最初のビザ更新は、単なる期間の延長ではなく、実質的に新規申請と同じ審査が行われるのです。
前の会社では翻訳業務をしていた人を自社でプログラマーとして採用した場合、その人の学歴がプログラミングと関連性がなければ、更新時に「不許可」となるリスクがあります。
【転ばぬ先の杖】採用前に「就労資格証明書」でリスクを避ける
この「更新が不許可になる」という最悪の事態を避けるための、いわば「お守り」とも言える制度があります。それが「就労資格証明書」です。
これは採用を決めた後、入社する前に「今度、この人をこの仕事内容で雇う予定ですが、ビザの要件的に問題ないですか?」と、入管に事前にお墨付きをもらう手続きです。
この証明書が交付されれば、その後のビザ更新で不許可になるリスクはかなりゼロに近くなります。採用活動を無駄にしないためにも、転職者を採用する際は、残りの在留期間にもよりますが、この手続きをお勧めします。
まとめ – 適切な理解と手続きが成功の鍵
外国人材は正しく雇用すれば、貴社の大きな力になります。しかし、そのためには経営者や人事担当者が正しい知識を持つことが不可欠です。
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アルバイトの「許可」と正社員の「ビザ」は全くの別物。
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就労ビザには「学歴と業務の関連性」など、厳しい要件がある。
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「特定活動46号」のように、現場作業が一部可能な例外的なビザもある。
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「ビザ持ち」の転職者も安心禁物。更新は新規審査と同じと考え、「就労資格証明書」の活用も検討する。
「知らなかった」では済まされないのが、在留資格の世界です。少しでも不安や疑問があれば、安易に自己判断せず、必ず外国人雇用を専門とする申請取次行政書士などに相談してください。その一歩が、将来の大きなトラブルを防ぎ、企業の成長を守ることに繋がります。
よもやま話:「気持ちは分かります、でも…」という葛藤
私たちのような専門家が経営者の方から外国人雇用の相談を受けるとき、最も心苦しく、そして最も神経を使う場面があります。それは、経営者の方の「就労ビザ取れますよね?」という期待に満ちた言葉を、やんわりと、しかし現実的に否定しなければならない瞬間です。
「うちの店でアルバイトしてくれている留学生の〇〇さん、本当に真面目でね。卒業したら、ぜひ正社員として店長候補にしたいんですよ。ビザ、お願いしますよ!」こういったご相談をいただくたび、その方の熱意や、外国人スタッフへの思いをひしひしと感じます。
しかし、ここからが私たちの葛藤の始まりです。
「お気持ちは痛いほど分かります。ですが、正社員として働いてもらうための就労ビザは、アルバイトの許可とは全くの別物なんです。」
そう切り出すと、経営者の方の表情が曇るのが手に取るように分かります。
「でも、あの子は日本語もペラペラだし、仕事も誰より覚えている。なんでダメなんだ?」
「友人の会社では、簡単に外国人を雇えたと聞いたぞ!」
私たちは決して意地悪で「できない」と言っているわけではありません。大学の専攻と仕事内容の関連性、単純労働と見なされる業務のリスクなど、法律で定められた厳しいルールを説明するのですが、熱意が強いほどこの「ルール」が非情な壁のように感じられてしまうようなのです。
また時に私たちの説明が、「できない言い訳」や「面倒くさがっている」と捉えられてしまうこともあります。以前、「いいからとにかく上手く書類を作って通してくれ!」と強く言われたことがありました。私たちは法手続きの専門家です。法に反した事実を捻じ曲げた申請などできるはずもありません。
残念ながらこちらの説明に耳を貸していただけず、「他の事務所に頼んだら、大丈夫だと言われた」と離れていかれた方も少なくありません。ただ、その申請がその後どうなったかは知る由もありません。
私たちが「このままでは難しいです」とお伝えするのはお客様の事業と、そして何より、日本で働きたいと願う外国人の方の未来を守るためです。不許可という結果は企業の採用計画を狂わせるだけでなく、外国人本人の人生設計にも大きな影響を与えてしまいます。最悪の場合本文にあるように犯罪となる恐れもあります。その最悪の事態を避けるための、いわば「転ばぬ先の杖」なのです。
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